昭和の遺物から冬の最前線ギアへ:なぜ2026年の今、街から「タイツ」が消えて若者がこの一枚を取り合うのか
も も ひきは、かつて日本人の冬を静かに支えながらも、思春期の若者たちからは「最も見られたくない存在」として家庭内ヒエラルキーの最底辺に追いやられていた。ラクダ色、緩んだウエストゴム、父親の休日の気だるい佇まい——そんな野暮ったいステレオタイプが染み付いていた伝統の肌着が、2026年の今、劇的な復活を遂げている。都内の旗艦店では冬の立ち上がりとともに入荷待ちの行列ができ、SNSのコーディネート投稿では主役級の扱いを受ける。誰がこの大逆転劇を想像できただろうか。
記録的な寒暖差とエネルギーコストの高止まりが常態化した今年の冬、通勤電車のホームに立つ人々の意識は明らかに変わりつつある。大手IT企業に勤務する20代の男性は、「オフィスの暖房設定が控えめな今、スラックスの下にも も ひきを仕込んでおくのが最もスマートな自衛策」だと淡々と語る。そこにかつての照れや自虐の色は微塵もない。実利を重んじる生活者たちの選択が、かつての“おじさん肌着”の定義を根本から塗り替えてしまったのだ。
「ダサい肌着」の不名誉な歴史に終止符を打った寒波と電気代高騰
かつて股引(ももひき)を巡る会話といえば、笑い話の定番だった。「履いたら最後、もう若者には戻れない」という都市伝説じみた偏見すらあった。しかし、2020年代半ばから続く冬の異常気象と電気料金の高騰が、そんな呑気な美意識を吹き飛ばした。
自宅でエアコンを強風設定にし続けることへの家計の罪悪感。一方で、底冷えするフローリング。下半身を効率的に温めるという古くからの知恵が、極めて合理的なソリューションとして再評価された格好だ。もはや見栄のために寒さを我慢する時代は終わった。現代人が求めたのは、過度な暖房に依存せず、自分の体温を効率的にマネジメントする「可搬性の高い温もり」だった。
大手テックと老舗繊維が仕掛ける“スマート股引”の衝撃
復権を後押ししたのは、テキスタイル技術の爆発的な進化だ。いま市場を賑わせているのは、かつての分厚くゴワゴワした綿製品ではない。
2026年モデルとして話題を呼んでいる製品の多くは、厚さ1ミリにも満たない極薄の多機能ファブリックを採用している。グラフェンを練り込んだ調温繊維や、皮膚の水分蒸散に反応して即座に微小な空気層を作り出すハイブリッド素材が当たり前のように使われている。中には体温変動ログをスマートフォンに連携させ、着用者のコンディションを可視化するプロジェクトまで実用化段階に入った。もはや肌着というより、下半身に纏うウェアラブルデバイスに近い。
「見せるレイヤード」へ——若年層が覆したストリートの境界線
原宿や渋谷の路上を歩けば、さらに興味深い現象に出くわす。股引が「隠すもの」から「見せるもの」へと鮮やかに越境しているのだ。
発端は、アウトドアブランドと気鋭のストリートレーベルによるカプセルコレクションだった。リブの編み地を際立たせたカッティング、ミニマルなモノトーンや深みのあるアースカラーのカラーパレット。短パンの下にレギンス感覚で重ね着するスタイルは、いまやスケーターやサイクリストの間で冬の定番シルエットとして定着している。「機能美としての股引」を堂々と主張する若者たちにとって、それは古臭い遺物ではなく、洗練されたギアカルチャーの延長線上にある。
ジェンダーレス化する下半身温活市場の現場を追う
変化の波は性別の壁も軽々と越えた。これまで女性向けの防寒インナーといえばストッキングやタイツが主流だったが、着圧による締め付けやムレに悩まされる声は根強かった。
そこに目をつけたメーカーが、鼠径部を締め付けず、血流を妨げないリラクシングな股引を次々と投入。これが「温活」に真剣な女性層の絶大な支持を集めている。ユニセックス展開の売り場では、カップルが同じ型のサイズ違いを買い求める光景も珍しくない。下半身の保温という極めて生理的な欲求において、性差を分かつ記号は急速に意味を失いつつある。
伝統の職人技と極細メリノウールが紡ぐ、極上の着用感
最先端の合繊ばかりが脚光を浴びているわけではない。国内屈指のニット産地である和歌山や群馬のファクトリーブランドが手がける、天然素材モデルも驚異的な売れ行きを見せている。
旧式の吊り編み機で空気をたっぷり含ませながらゆっくりと編み立てた生地や、17.5ミクロン以下の極細メリノウールを用いた一着は、肌に触れた瞬間に吸い付くような柔らかさを持つ。「一度足を通すと、これまでの化繊タイツには戻れない」。そう語る熱狂的なファンたちが、地方の零細工場に数ヶ月待ちのバックオーダーをもたらしている。ファストファッションが大量消費される傍らで、本当に良いものを長く慈しむ職人仕事への回帰が静かに起きている。
単なる防寒具を超えて:2026年、私たちが本当に求めていた「自律する温もり」
生活様式が激変し、気候変動が日常の風景となった現代において、衣服が果たすべき役割は劇的に拡張された。外気温に振り回されることなく、室内環境の過度なエネルギー消費にも加担しない。自分の体温を自分自身で巧みにコントロールするという感覚は、現代人にとって一種の精神的なゆとりをもたらしている。
かつて「ダサい」と切り捨てられた一枚の布が、テクノロジーと職人技、そして新しい価値観を纏って街に戻ってきた。寒風吹きすさぶ交差点で裾を少し覗かせながら闊歩する人々の姿は、逞しく、そしてどこか軽やかだ。寒さに怯える冬はもう過去のものになった。 (出典: も も ひき(Yahoo!ニュース))